骨盤内血流低下による下部尿路症状発症機構の解明及び新規治療薬の開発

■ 前立腺虚血による前立腺肥大
 前立腺肥大症は40歳以上で症状が出始め、通院患者数は人口1000人あたり23.8人と報告されています。また、本邦の高齢化社会に伴い、前立腺肥大を伴う排尿障害を有する患者数は一層増加することが予想されます。そのため、前立腺肥大の分子機構の解明及び治療薬の開発は社会的に強く求められている課題であると言えます。
自然発症高血圧ラット (Spontaneously hypertensive rat: SHR) は15週齢を越えると、腹側前立腺が肥大し、前立腺血流が低下していくことが報告されています。我々は血管拡張薬としてATP感受性カリウムチャネル開口薬であるニコランジル、α1受容体遮断薬であるシロドシンをSHRに慢性経口投与したところ、前立腺血流増加と共に、酸化ストレス、炎症性サイトカイン、細胞増殖因子の減少及び腺上皮の過形成を抑制することを見出し、前立腺肥大症に対する血管拡張薬の有用性を提起しました。現在、前立腺血流低下が前立腺過形成を誘導する分子機構の解明と治療薬について研究を行っています。

ストレス反応の中枢性制御メカニズム

■ ストレス反応による頻尿の発症機構
 健常人でも緊張した際など一時的に頻尿になることが知られていますが、日常生活に著しく支障をきたす心因性頻尿として医療機関を受診するケースも見られます。現在、治療法としては精神療法や精神薬理療法が行われていますが、奏功率は決して高くありません。しかしながら、ストレスが頻尿を惹起する機序をストレス応答に関与する中枢神経系レベルで明らかにした報告は少ない現状です。 我々は数種のストレス関連性脳内伝達物質(ボンベシン及びアンジオテンシンⅡ)をラットに脳室内投与すると同時に膀胱内圧測定を行ったところ、ラットの排尿パターンがヒトにおける心因性頻尿と極めて類似していることを見出しました。我々は本実験モデルにて頻尿が誘発される分子機構を明らかにすることで、同実験系によってストレス応答により変動する様々な脳内伝達物質と排尿制御機構との関係を更に解明できると考え、研究活動を行っています。

グリア細胞の脳疾患後遺症への関与の解明と後遺症の克朊を目指した新規治療法並びに治療薬の開発

■ 脳内Zn2+によるミクログリアの活性化制御
 クログリアは中枢神経系における免疫担当細胞です。このミクログリアは脳虚血ならびに頭部外傷など重篤な状態に陥ると活性化し神経傷害性機能または神経保護性機能が誘導されます。このようなミクログリアはそれぞれM1型ならびにM2型と分類され、特にM1型に誘導されたミクログリアは炎症性サイトカインや一酸化窒素を産生するため二次性の神経搊傷や重篤な後遺症につながると考えられています。最近、脳内微小環境がミクログリアのM1型ならびにM2型活性化誘導を制御することを示唆する研究結果が報告されていますが上明な点が多く残されています。
我々は、脳虚血時に海馬グルタミン酸作動性神経細胞から細胞外へ過剰放出されるZn2+に着目しミクログリアへの影響を検討したところ、この細胞外Zn2+がミクログリアの活性化を誘導することを見出し、さらにM1型活性化誘導にも大きく関与することを明らかにしました。現在、我々はZn2+が関与するM1型活性化誘導の分子機序を詳細に解明し、後遺症の克朊を目指した新しい治療法ならびに治療薬の開発について研究を行っています。

■ 脳振とう誘発性うつ病発症に対するアストロサイトの関与
 交通事故や転倒など頭部外傷を負うとしばしば後遺症としてうつ病を発症します。このようなうつ病は外傷後のリハビリテーションを阻害し社会復帰の遅れや自殺の要因になることが知られています。特に脳振とうでは顕著な脳搊傷部位が認められないことからうつ病の発見が遅れることで重篤化しやすく、さらに既存の治療薬が効きにくいことから脳振とう後のうつ病発症機序の解明と有効な治療法や治療薬の開発が強く望まれています。
我々は、脳振とう誘発性うつ病発症モデルマウスの作成に成功し、その発症機序に海馬のアストロサイトに由来する炎症反応が関与していることを見出しました。現在、我々はさらに詳細な脳振とう後うつ病発症機序の解明と治療法の開発に関して研究を行っています。

ストレス反応制御機構に着目したストレス関連疾患に対する新規治療戦略の開発

■ ストレス反応に関与する交感神経—副腎髄質(SA)系の脳内賦活制御機構に関する研究
 生体が種々のストレスに曝露された際、その情報は脳内神経伝達物質の変動に変換され、様々な生体反応(ストレス反応)が惹起されます。これら反応は生体のストレス適応に必須である一方、過剰・異常なストレス反応は最終的に生体の恒常性維持機構の破綻から高血圧症、消化性潰瘊、免疫能低下による発ガン等種々の「ストレス関連疾患《を引き起越します。このような疾患に対する「根本的な《治療法・予防法の開発には、ストレスを受容している脳におけるストレス反応制御機構を明らかにすることが必要です。
我々はこれまで、ストレス関連ペプチド(ボンベシン、コルチコトロピン放出因子、バソプレッシン等)により惹起させたSA系賦活の脳内制御機構について、①脳内アラキドン酸(AA)のシクロオキシゲナーゼ代謝物、プロスタノイド類がSA系賦活に関与すること、②AAの前駆物質である2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)がエンドカンナビノイド(いわゆる脳内大麻)としてSA系賦活に対し抑制性に関与することを明らかにしました。これらの研究成果より脳内2-AGはSA系賦活に対し促進性かつ抑制性にはたらく二方向性の役割を有する分子であると提唱しています。
 さらに、我々は脳内CB1受容体(脳内大麻の作用点)の賦活が、高血圧自然発症ラットの血圧を有意に低下させる一方、対照の正常血圧ラットの血圧には影響を及ぼさないことを解明したことから、現在我々は脳内CB1受容体に着目した高血圧症患者のみを選択的に降圧させる新たな中枢性の高血圧症治療薬の開発を目指した研究を進めています。

■ 脳内ニコチン受容体に着目したストレス反応制御機構に関する研究
 タバコの主成分であるニコチンは薬物依存形成、すなわち喫煙の習慣性形成に関与することが広く知られています。一方で近年、ニコチンが神経保護作用を有することが明らかにされ、喫煙とパーキンソン病・アルツハイマー病発症との間に負の相関があるとする疫学報告との関連が示唆されています。これら知見から脳内におけるニコチンの作用の多面性がうかがえ、ストレス反応制御との関連が興味深い所です。
 我々はこれまで、脳内ニコチン受容体(少なくともα4β2型サブタイプ)の賦活がSA系賦活惹起に関与することを明らかにしました。さらに、このSA系賦活に、①脳内2-AGが(1)と同様二方向性の役割を有すること、および、②脳内一酸化窒素産生が関与すること、を明らかにした。本学の法医学教室は、喫煙者の遺体血液・尿中ニコチン/ニコチン代謝物濃度が自殺者において著しく増加することを報告しており、喫煙とストレス反応(SA系賦活)、ひいては自殺行動との間に何らかの因果関係が存在する可能性が考えられます。このようなことから、現在我々は自殺行動に対する新たな治療・予防標的としての脳内大麻の可能性について検討を進めています。