高知大学医学部病理学講座
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高知大学医学部
医学科病理学講座

高知県南国市岡豊町小蓮
基礎・臨床研究棟3F西
Tel: 088-880-2330
Fax: 088-880-2332
〈メールアドレス〉

高知大学

ようこそ病理学へ

教授 :李 康弘

 我々の病理学講座は基礎医学系に属しています。ところで、「病理学」という言葉を耳にするとき、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。一般の方々にとってはあまり馴染みのない言葉であるため、何のイメージも湧かないかも知れません。


 読んで字の如く、本来の「病理学」は病気の原因と発生過程を研究する基礎医学です。最も基礎医学らしい学問であり、「基礎医学の王様」とも呼ばれています。病理学の黎明期においては、病理解剖による病変の肉眼観察がほとんど唯一の研究方法でした。しかし、19世紀になって光学顕微鏡が実用化されると、病変を切片にして染色し、顕微鏡下で組織や細胞を観察する方法が急速に普及します。たとえば、がん組織を構成する細胞を顕微鏡で観察して、その形や数の異常を調べる形態学的研究が盛んになります。これによって、病気というものは細胞の質的、量的変化に基づいて発生することが明らかにされ、「細胞病理学」の概念が成立しました。細胞病理学の発展に最も大きな貢献をしたのはドイツ人病理学者のRudolf Virchow(1821〜1902)です。よって、Virchowには「近代病理学の父」という呼称が冠されています。

 細胞病理学の成功により、病理学の研究方法を臨床診断学へ応用する道が開かれました。外科系の臨床医が、病変の一部を患者から切り出して顕微鏡観察し、病気の確定診断に役立てる試みを始めたのです。生検診断の端緒です。病気が細胞の変化により発生するという細胞病理学の考え方からすれば、これは至極当然の成り行きでした。この流れは19世紀後半にヨーロッパで起こり、20世紀前半にかけて米国で発展し、「外科病理学」ないし「診断病理学」に結実しました。生検組織や手術摘出組織の顕微鏡観察は、現代においても、最も正確で経済的な確定診断法の一つです。今では専門の病理医が病理診断を下すのが当たり前になっていますが、当初は臨床医が病理診断の担い手であり、病理医が診断に関わるようになったのはかなり後になってのことのようです。面白いことに、Virchow自身は、病変の一部のみの観察による生検診断の精度には疑問を呈し、むしろ否定的な立場にあったそうです。

 このように、広義の病理学には本来の基礎医学の側面と臨床医学の側面があり、欧米ではこの両者が比較的独立して成長してきました。しかし、日本では、主にドイツに学んだ基礎医学としての病理と、主にアメリカから導入した診断学としての病理が同じ病理の範疇の中で混然一体化しており、病理学者と呼ばれる人々のほとんどは基礎研究と病理診断の両方を担当しています。我々の病理学講座も、基礎医学系でありながら、生検診断、病理解剖といった診断業務に携わり、基礎研究との両立を期待されています。研究のみならず医療現場へ直接貢献する機会も与えられているのですから、こんなに贅沢でやり甲斐のある職業はそう簡単には見つかりません。まさに「王様」です。

 ただ、近年の病理学の動向に関して、一つ心配なことがあります。それは、病理の支柱の一つである基礎研究が凋落傾向にあることです。基礎研究の凋落は何も病理学に限ったことではなく、日本の医学部全体の傾向です。その理由は単純ではないので、敢えて述べないことにします。確かに言えることは、病理学講座で現状のごとく基礎研究がおろそかにされ続ければ、病理学は「基礎医学の王様」の座を失うということです。実を言えば、既にその座から滑り落ちそうです。病理学を愛する我々は、基礎研究の斜陽を何とかせねばなりません。

 我々の病理学講座は、特に意識して基礎研究を大切にしています。現代の病理学では、古典的な細胞病理学にとらわれることなく、分子生物学の方法論が積極的に取り込まれ、遺伝子レベルの研究が中心になっています。病気の基礎研究に少しでも興味のある若者は是非とも我々の病理学講座を訪れてみて下さい。我々の研究チームに加わって、共に「基礎医学の王様」の再興を目指しませんか。扉は常に開放してありますので、逡巡する必要はありません。



教授:降幡 睦夫

降幡 睦夫 “病理”という言葉に皆さんはどのようなイメージを抱かれることでしょう。医学部基礎講座のひとつ、病理解剖を行い、手術材料の標本を観察して病理診断をするところ、或いは全くイメージが浮かんでこない、などきっと様々ですね。私と病理学との出会いは29年前の冬でした。その当時受験生だった私は、年末に京都の友人を訪ねた折、ふとした気まぐれから京都大学医学部の校内に入ってみたのです。研究棟が程よくその敷地内に軒を連ねていて、その一つの建物の正面玄関から中に入り、静かで冷たい研究棟の廊下を歩いていると、後ろから呼び止める声が聞こえました。恐る恐る返事をした私を、声の主は暖かいまなざしをもって自分の部屋に招き入れてくれたのです。どのくらいの時間話をしていたのか定かではありませんが、私が医学部を目指す受験生であることを知ると、親切にアドバイスまでして下さいました。癌の研究がしたいのです、調子に乗ってそんな一言を言ったような言わなかったような、いずれにしても初対面の大学の先生に対して遠慮もなく振舞う若造に、それやったら病理がええわ、そう応えて下さいました。おそらくその時なのだと思います…私は病理に興味を覚えたのです。その方が当時のウイルス研究所教授、石本秋稔先生でした。今冷静に当時の自分のとった一連の行動を思い返してみるに、冷や汗の流れるのを禁じえないのですが、人と人との出会いの偶然性以上に、自然に前向きな一途な自分自身がそこにいる、ただそのことに驚くのでした。高知医科大学に入学した日も、病理学教室を探して研究棟を歩いている私に、当時病理学教授であった赤木忠厚先生が声をかけて下さいました。そしてその日から先生の教室に出入りさせていただくようになり、医学部4年生の時、癌細胞の染色体解析に携わる機会を得、その事が病理学に関わる直接の出発点となったのです。今でも当時を思い出す度に、感謝の気持ちで胸が一杯になります。

 現在、医学部は変革の時代に移行し、病理学講座に関しても同様であり、本質を見失うことなく、時代の要請に即座に対応することが求められます。高知大学においては、平成18年5月より病理学第一講座及び第二講座が統合病理学講座として一つになり、さらに病理診断部を加えることで、現行ではスタッフ数10名(教授2,准教授3,講師1,助教4)の大講座となりました。私達はこのような新体制の基で、医学部学生、院生、研修医等に教育者として関わっていますが、彼等は若く、可能性に満ちています。彼等のために出来ることは限られていますが、常に最大限の工夫をし、良好な学習環境を整えることで、病理学を通じて国際的に通用する医師、及び研究者の育成に努めたいと願っています。彼等学生及び研修医に閉ざす扉は持たず、共に医学を志すstudentsとして成長できる機会を得ることで、今まで私が諸先生方から頂戴した熱い気持ちを、今度は私自身が皆に伝えていきたいと切望します。

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